[二見輿玉神社]
縁結びや夫婦円満、交通安全、厄払いで知られる。正面に見える夫婦岩は、沖合約700mに沈む御神体「輿玉神石」を礼拝するための鳥居である。 |
[天の岩屋]
輿玉神社の境内にある岩窟で、宇迦之御魂大神を祀った三宮神社の遺跡といわれる。 |
[龍宮社]
輿玉神社の東参道に入った所にたつ、海を司る綿津見大神を祀る神社。どっしりとした鳥居と朱塗りの社が印象的です。 |
[海水浴場]
明治15年に日本で初めて誕生した海水浴場。かつて大正天皇もここで水泳の訓練をされたということです。 |
[蘇民の森・松下宮]
スサノオ伝説の舞台になったといわれる場所で、境内には樹齢3,000年の大楠があります。 |
[花菖蒲]
蘇民の森の近くには、二見しょうぶロマンの森があり、毎年6月には40,000株もの菖蒲が開花します。 |
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漂泊の歌人、西行法師は、晩年伊勢を訪れ、二見に滞在していたという。それからおよそ5百年の後、西行の足跡をたどるように、伊勢を目指した人物がいる。俳聖・松尾芭蕉である。
芭蕉の代表的な旅に「おくの細道」があるが、ふつう、この旅の終着点は岐阜の大垣ということになっている。しかし、旅はここで終わったのではなく、芭蕉の心は「蛤のふたみに別れ行く秋ぞ」という巻末の句が示すように、三重県の桑名を通り、伊勢、そして二見へ向かっていた。
芭蕉が目指した二見。それは芭蕉にとって新たな旅への始まりの地であったのかもしれない。 |
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太陽神であり、農業の神としても厚い信仰を受ける天照大神は、かつて「海照らす」神でもあったのではないかと言われる。
伊勢からさらに東、夏至の太陽を迎える夫婦岩のある二見浦は、まさしく「常世の浪」の打ち寄せる海。海面を金色に輝かせて昇り来る太陽は、神としての威厳を実感させる。 |
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命は海から生まれたことを物語るように、人は塩がなければ生きてゆけない。
そして塩が必要なのは神も同じであるらしい。伊勢神宮では、毎日2回、神様に食事をお供えするが、そこには、米と水と塩が欠かせない。また、塩は清める力を持つとされ、神宮の祭事にも用いられる。この大切な塩は「御塩(みしお)」と呼ばれ、遥か古代より、二見の地で作り続けられている。 |
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二見という名は、その昔、伊勢に天照大神をお連れした倭姫命が、この地のあまりの美しさに二度振り返って見たことに由来するという。
また、二見の町を行けば、正月でなくても注連縄をかけているのが目に付く。「昔、スサノオミコトが二見を訪れ、宿を求めたとき、貧しくとも心優しい蘇民将来が厚くもてなしたため、ミコトはその礼として、"蘇民将来子孫家門"と記した札を戸口に下げれば悪疫を逃げられると告げた」という神話が生きている。 |
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[御塩殿神社]
まるで縄文時代の住居を思わせる「天地根元造」の御塩殿神社では、毎年10月5日に御塩殿祭が行われます。 |
[太江寺の藤・紫陽花]
本尊の千手観音は重要文化財に指定され、長寿・海上安全・神学などの霊験があります。5月5日には藤祭りが行われます。 |
[旅館街]
明治・大正時代に創業した旅館も多く、三階建ての木造旅館が立ち並ぶさまは、時代の風格を感じさせます。 |
[注連縄]
スサノオ伝説が生きる注連縄。「蘇民将来子孫家門」が縮まって「将門」、縁起を担いで「笑門」に。個性ある注連縄が家々の戸口を飾ります。 |
[奇岩・潜島]
神前岬の灯台のすぐ下にある石門で干潮の時のみくぐることができます。 |
[御塩の型]
荒塩は水分を含み、保存に向かないので、型に詰めて焼いて堅塩にします。天然の塩は焼くことで、味が一段とおだやかになるといいます。 |
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